延命

1年前に保護して、そのまま我が家の猫になってしまった
アメリカンショートヘアーの与太ですが、

3週間ほど前から呼吸が荒く、病院に連れて行ったら「肺炎」とのこと。
抗生物質が効かず、ステロイドも注射したのですが、
改善は見られません。

だんだん食欲も落ちてきて、毎日出かけるときに、
「帰ってくるまで生きていてね」と声をかけてお別れをします。

「変だな‥‥」と思いつつも、
忙しさにまぎれて病院にいくのが遅くなってしまったのを後悔しつつ、
見守るだけの日々が続いています。

治らない病気であれば、延命するのは苦しいだけ。

このまま小さな命が天に召されるのを見守るしかないのかと思っています。

動物は、自分の死を悟ったら食べ物を食べなくなり、
じっとうずくまって自然に死んでいきますが、
人間の自然死は少なくなっているようです。
(自宅で死亡した場合は、死因を特定するために解剖されるそうですね)

先天的に後ろ足に不具合があり、
もしうちで保護しなかったら、1年前に死んでいたかもしれない猫なので、
長生きできない運命なのかもしれません。

食べ物を口先に持っていっても食べないので、
もうだめなのかとあきらめていましたが、
昨夜、自分から水を飲み、えさを少し食べるようなそぶりをしたので、
特製のミルクを注射器で飲ませました。

まだまだどうなるかわかりませんが、家族で見守っています。

ボランティア意識のすれ違い

キャリアカウンセリングでは、人間のひとつの役割を「市民」としている理論があります。
「子ども」「職業人」「ホームメーカー」「余暇を楽しむ人」「市民」
という何らかの役割を、
それぞれライフステージで担う(兼務)のですが、

さすがに外国の考え方で、人生の中にボランティアの存在が確立されているんですね。


さて、NPO法人は非営利団体なので、有給の職員を除き、
ほとんどがボランティアで成り立っています。
(これだと継続的な活動がいつまで続くかわからない不安が常にあるわけですが)


今、活動をしている夏休み みんなの一日大学(通称:ナツガク)ですが、
実費を除いてほとんど全部ボランティアで運営をされています。

もちろん、私も主催者=実行委員長ですが、1ボランティアです。

自主的に参加している人はそう思っていないのですが、
私からボランティアをお願されているような感じの方もいます。

「たのまれたから」ボランティアをやっている??

だから、何かの拍子にそれが露出して、「あれ?」ということが生じます。

また逆に
私は「みんながボランティアなんだから」という甘えが出ることがあります。

注意しなければ、思いのすれ違いが起きて、とんでもないことになります。

さて、
あるボランティアをやった元学生さんから聞いた話ですが、
「ボランティアをやった後に、使われたという虚しさが残った」という話を聞きました。

「ボランティアでもなんらか得るものがほしい」と言われたのですが、
ちょっと違和感を感じました。

ボランティアは使うとか使われるということではないし、
また、得るものを提示するようなものでもない。

確かにTシャツや昼食などの特典はあるのですが、
これをやればこういうことが身につきますなどは保障できないし、
あえて言うことでもないような気がしました。

そんなことを考えると、ボランティアって難しいと思うのですが、

難しく考えないで、「やった」「終わった」「よかった」「みんなが喜んでくれた」と
単純がいいのではないかと思いました。

お酒はあまり強くないのですが、
終わってみんなでビールをおいしく飲めればいいんじゃないでしょうか?

試験勉強‥‥結果は??

昨日、CDA資格認定試験(第1次)が終わりました。
正直言って、前日の残り20時間を切ってからの集中力はすごかったです。

たぶん、学校の中間試験や期末試験だったら、
80点以上は取れたと思いますが、
問題の半分が、意地の悪い引っ掛け文章の4択問題でした。

結果はわかりません。
あれだけ一生懸命に勉強した努力が、あの4択問題で水泡になってしまいました。
(むなしさ‥‥、脱力感)

ただ、よかったことは
勉強をしながら、「もっと知りたい」という興味が出てきたいこと。

試験の合否にかかわらず、
この気持ちを生かしていきたいと思ったのでした。

シュロスバーグのキャリアカウンセリング理論に出てきた
「転機」を乗り越えるために必要な5要素

好奇心
持続性
柔軟性
楽観性
冒険心

なぜ、私が打たれ強いのか‥‥、自分で納得がいきました。

うちの母親が、
「小さなころ、あんたはよく転んだ。
転んでも石とかビンのふたとか何かを拾って起き上がり、お土産を持って帰ってきた」
と言っていました。
昔から「転んでもただでは起きない」タイプだったようです。

社会人になって勉強するということ

キャリアカウンセラーの資格試験まで、あと3日半です。

かなり切羽詰ってきましたが、なかなかまとまって勉強する時間が取れません。

やろうと思っても、なかなか手につかないということは過去にありましたが、
勉強をやりたくでも時間がないという体験はしたことがありません。

これが
社会人になって、仕事をしながら勉強するということなんですね。

勉強しながら思っていること。

キャリアカウンセリングの理論で、
割と新しい学者で、サニー・ハンセンという女性がいて、
「統合的人生設計」(1997年)という本を書いているそうです。

これまでのキャリアプランニングは、
自分やその家族のニーズや願望を考えて実現していくことでしたが、
ハンセンは、地域社会や世界的なニーズまでを視野に入れて、
グローバルな視点から仕事を考えています。

カウンセラーの教科書にはあまり詳しく載っていないので、
もっと詳しく知りたいと思いました。

大学にいって研究するしかないか‥‥。

道のりはまだまだ遠いな〜〜〜。

それにしても、試験勉強をしなくっちゃ。
土曜日にかけるしかありません。

まだまだあきらめないぞ!!

毎日が走馬灯のように‥‥その2

土曜日にNPO法人の総会が無事に終わり、
日曜日から「勉強するぞ!!!」と決意をして寝たのですが、
まだまだ、やることが残っていて、
結局昨日は1時間弱しか、テキストを開けませんでした。
(まだまだあきらめないぞ、気合だ! 集中力だ!)


先週1週間は、2日前の仕事が終わらない状態が続いており、
われながら、「情けない」気持ちでいっぱいで、
総会前日も夜中まで総会の資料を作って、やっと間に合ったというお粗末さでした。

こんなんじゃ、あっという間に「おばあさん」になってしまうのではないか‥‥
(ぶるぶる)


昨日は、麻布大学で行われた「市民環境祭り」に行ってきました。
(ナツガクのボランティアさん勧誘のお仕事です)
テレビでも環境のことをやっていました。

4日前のテレビで、「人類絶滅後の地球のシュミレーション」が放送されていましたが、
人類がいない地球は平和で美しい世界でした。
(テレビを背中で聞きながら、パソコンに向かっていました)


地球の長い歴史の中、人類は一瞬で地球を破壊している。
この悪夢は一瞬で終わっても、地球は存在するのだろうか?
それとも、愚かな人類は地球という星の生命をも奪ってしまうのだろうか?

毎日が走馬灯のように‥‥

この1週間、ブログを書きたくても書けないほど忙しくて、
(とはいえ男子バレーボールの試合は欠かさず観ていましたが)
せっかく思ったこと、感じたことをほとんど忘れてしまいました。

ひとつは、田んぼで田植えがされていたこと。
蛙の鳴き声を久しぶりに聞いたこと。

おっと、その前に「かっこう」の鳴き声を聞いたのですが、
例年より遠いところで鳴いていて、2度しか聞いていないこと。

アジサイの花が咲いてきたこと。
(全部の話題が、過去のものになっています)

先週、相模原市の芸術家協会の会長で、80歳の現役の彫刻家の陶山先生から、
お電話をいただきました。

相模経済新聞に日本舞踊の坂東先生の取材記事を書いたのをご覧になったとのこと。

2年ほど前に陶山先生のアトリエを訪ね、記事を書かせていただきました。
素敵な奥様と楽しく会話をさせていただき、
また遊びに伺いますと言いながら、すっかりご無沙汰しておりました。

日本舞踊の坂東先生の記事を読んで、お会いしたいとのことで、
私に電話を下さったのです。

「文章が上手になったね」と誉められましたが、
何より私のことを覚えていてくださったということがうれしい電話でした。

忙しくて不義理をしている方も多いのですが、
一度きりの出会いも大切にしていきたいと思ったのでした。

それにしても、
昨日の男子バレーボールの試合、16年ぶりのオリンピックが決定した瞬間、
植田監督、38歳の荻野キャプテンの男泣きに感動しました。

一方で、4期連続でオリンピックに出場していたアルゼンチンの出場が
無くなってしまいました。

世の中とは無常なものですね。

途方にくれる体験

今日は久しぶりのいい天気ですね。

朝から洗濯機を3回まわし、10時から勉強を始めました。
が、
少しやってみて、「絶望感」を覚えました。

どうしよう‥‥、ああ、無理だ‥‥と
途方にくれてしまいました。
(テストで途方にくれるという体験、これまでにしたことあったかな〜〜??)

後頭部がぼ〜〜っとしてきて、
「もうだめだ〜〜、落ちる〜〜、頭がオーバーヒートした!!」と泣き言を言ったら、
「オーバーヒートではなく、それはエンストだ!」と
また、あの口の悪い夫に嫌味を言われてしまいました。

しかし、試験まであと1週間だと思い込んでいたら、
試験は6月15日だったことがわかり、

「絶望の淵から少し這い登れた」感じです。

がんばります。でも、正直つらいわ。